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Posted by チェスト at

2013年01月28日

菜の花マラソン 〜アフターケア〜

フルマラソンを走り終え、目の前にオバマ大統領が居ても反応できないくらい疲れきった僕はとにかく着替えたくて仕方がありませんでした。


荷物を置いたのが体育館の2階だったので、階段を一段一段噛み締めて昇りました。


走り終えた人々がいっぱい居ましたが、僕は心から


『この中で一番疲れているのは俺だぜ?!』


と思っていました。


他人の笑顔を見る度に不愉快になり、他人の辛そうな顔を見る度に勝ち誇り、完全に死神に呪われていました。



そんなこんなで何とか自分の荷物が置いてあった場所までたどり着き、ゆっくりと座り、一息ついてからゆっくりと着替え始めました。


ここで不愉快極まりないことがありました。


着替えていると、近くで着替えていた40代くらいの男性が僕に


『お疲れ様でした〜。』


と話し掛けてきました。


そこまでは特に問題なく、返礼しましたが、それからがとにかくうざかったのです。


『その時計はガーミンですか?!?!』


『僕はもう20回くらい走ってるんですよ〜。』


『どこから来たんですか〜???』


時計の話をされた時点で


『あ、この人はもしかしてうざい人かな???』


と思い、いち早く着替えてその場を去りたくなりました。


しかし、身体は言う事を全く聞かず、スローでしか動きませんでした。


その間も取り留めもない会話を僕にしてきました。


段々イライラしてきて、意味もなくリュックの中をゴソゴソしました。


すると、どこかに行ったのでこれで解放されたと思った僕はまた一息つきました。


しかし、また帰ってきたのでリュックをゴソゴソしました。


ほんの一瞬の隙をつかれて、話し掛けられてしまいました。


『よかったら名前と住所を教えてください。』


とのことでした。


そこで拒否する事が出来ず、名前と住所をノートに書く事になりました。


なんだか怖くなった僕は、名字を「坂下」名前を「トム」と書き、全く違う住所を書きました。


すると、その人が


『これが僕の詳細です。』


と紙に名前や住所や電話番号を書いているものを渡されました。


もしかしたら、凄く優しい純粋な方だったのかもしれません。


しかし、僕は怖かったのです。




その人もどこかに行き、やっとで解放されました。


そして、思い出したように妻に電話をすると、よくわからないことを言っていました。


僕も初めての参加で、妻たちがどこにいるか全くわからないし、疲れ切っているいた為、電話口で半ギレでした。


実は走り終わってから密かに楽しみにしていたことがありました。


温泉につかり、どこか適当な居酒屋に入って生ビールを飲みたかったのですが、家族の登場により不可能になりました。


不可能になるどころか、子どもを抱っこしたり、ベビーカーを持ったりと、サプライズな仕事が待っておりました。


そんな僕をみて妻は


『勝手に帰るからいいよ。』


と言う事でしたが、そんなこと出来るわけもなく、僕は頑張りました。


なんとか電車に乗り、座る事ができました。


しかし、まだ死神は僕に試練を残していました。


通路を挟んで反対側に同い年くらいの青年が3人座っていて、その1人がやけに元気のある方で子どもに絡んできました。


全く話なんてしたくありませんでしたが、仕方なく適当に話を合わせてその場をしのぎました。


さすがに1時間しか寝ていなかったので眠くなってきたのですが、目の前に座っている妻が口を開けて寝ていました。


それを見て僕は愕然とし、口に何か入れてやろうかと思いましたが、そんな元気もなく寝ることにしました。


しかし、人間はあまりに疲れていると眠れないものなのです。


ほとんど寝れず、幸せそうに口を開けて寝ている妻を見ながら菜の花マラソンを振り返っていました。


なんだかんだで鹿児島中央駅に着き、そこから整骨院までタクシーで帰る事にしました。


死神は僕からまだ離れていませんでした。


乗ったタクシーの運転手が最悪でした。


全く動きそうにない駅のターミナルからメーターをスタートしだすし、急発進・急ブレーキを繰り返されました。


乗って30秒後に降りようかと思いましたが、疲れ切っていたためやめました。


イライラしながら整骨院に着き、名前とナンバーを確認しているフリをして降り、自分の車に乗りやっとのことで自宅に帰り着きました。


その日は妻にマッサージをしてもらうことにして、布団に横になって13秒後には寝ていました。


妻は一時間以上マッサージをしてくれていたようです。



そして、次の日は予想通り身体がどうしようもないことになっていました。


荷物の整理をしていると、完走証が出てきて、その時初めて見ました。


すると、真ん中より上の成績ということにビックリして、気分が良くなりました。


それまでは、


『もうフルマラソンなんて一生走るかよ!』


と思ってましたが、来年はもっと頑張ろうという気持ちに切り替わりました。


その日に温泉に行ってゆっくりしたかったのですが、結局整骨院に行き、仕事をして、家に帰る事になり自宅の風呂に入る事になりました。


そこでのケアが最高に良かったのです。


熱めの風呂に入り、身体が結構温まってきたら、冷水を浴び一気に身体を冷やします。


完全に冷えきる前にまた熱めの風呂に入り、また冷水を浴びる、これを2回程しました。


これは、血管の収縮を促し、疲労物質の排出を促します。


そんなことをしながら、適度なマッサージを繰り返し行いました。


その時は自分の能力に感謝しました。


そして風呂からあがり、ひたすら肉と白飯を食べました。


そこで重要なのは、レモンを食べまくることです。


適当すぎて申し訳ありませんが、どこかのサイトで書いてました。


すると、次の日が仕事でしたが、なんとか走って通勤が出来ました。


仕事も終わり、その日も同じ事をしました。


フルマラソンをした3日後には筋肉痛は治ってました。


やっぱり身体のケアって大事なんだと改めて実感した瞬間でした。


自分なりのアフターケアを理論的に考えて行った結果、成果がでました!


もしこのブログを見て、身体を動かし過ぎて困った時は僕に相談してください!


間違いなく、かなり良くなりますよ!




さて、宣伝もしたところでこの菜の花マラソンの長編ブログも終わろうと思います。


死神に呪われてからというもの、紳士であることを忘れ、トムとなった僕でしたが、また来年も走ろうと心に誓いました。


とにかく、沿道の声援をして頂いた方々には感謝の気持ちしかありません。


賛否両論ある大会ではありますし、改善するべきことも多々ありますが、僕はレベルアップして挑戦しようと思います。


来年は死神に呪われる事無く、4時間台を目指してまた城山越えを頑張ろうと思います!


本当に長々と失礼しました!


読んで頂きありがとうございました!

  

Posted by ぼくの手 at 22:49マラソン系

2013年01月27日

菜の花マラソン 〜スタートからゴールまで(後半)〜

ランナーズハイになった僕は、1キロ6分のタイムで走り出しました。


普段は7分で走るようにしていた僕でしたが、身体が言う事を聞きませんでした。


その間に豚汁やら、綿アメやら、カツオの腹皮やら、そら豆スープやら、パッションフルーツジュースやら様々なものを頂きました。


ゴール後までを含めて僕が一番美味しいと思ったものは、


『カツオの腹皮!』


でした。


走っていて、サンマ焼きの匂いがしてきて、


『さすがにサンマなんて食べねぇよ!』


と思いましたが、その匂いの元がカツオの腹皮でした。


詳しくは憶えてませんが、20キロから30キロの間のどこかの交差点を曲がる時の角にありました。


ついつい、


『あ!うめぇ!』


と言ってしまいました。



また、そんな中走っている中で面白い会話がありました。


小太りな女性が男性と2人で走っていました。


その女性が


『オニギリ食べ過ぎて身体が重たいわ〜。』


と言っていたので、ついつい心の中で周りの人たちと一緒に


『そこ?!?!体重でしょ!!!』


と突っ込んでしまいました。




さて、最初の目的であるギャルに10人話しかける目標はどうなったのでしょうか。


今のところ、ランナーズハイになり、自分に夢中になってしまった僕は爆走中であります。


さすがに坂道ではほとんどの人が歩いていました。


そんな中僕は走り続けていました。


『おい!みんな!!俺に付いて来い!!!俺が風よけになるぜ!!!!』


心の中で叫びながら自分に酩酊しながら走っていました。


大体25キロ位から海風もでてきて、雨と風のコラボレーションが激しさを増してきました。


前に進もうと思っても風で押し戻されたり、前を向こうと思っても強烈な雨で下を向いたりで、みんな無言で走っていました。


そんな中僕は1人で小声でかけ声を出しながら走っていました。


本当に僕は元気でした。


まだまだ沿道の声援に挨拶を返していました。




そんな中、ついに僕の時代に終わりを告げられる時がきました。


死神が32キロあたりの坂道を登りきってから僕に話しかけてきました。


『おい、お前は調子に乗り過ぎたようだな。その代償は太ももに払ってもらおうか!』


そんな言葉は気のせいと思い、


『よーし、この坂道を走りきったらラストスパートだぞ!』


と意気込んでいた僕でしたが、急に足が動かなくなりました。


太ももを触ると固くなり、パンパンに張ってました。


『お〜い、テープを貼ってくれた兄ちゃん!話が違うじゃねーか!』


と冗談まじりでまだ余裕な僕は己の中で話を展開していました。


走れなくなり1キロがたち、先ほどの死神からの宣告を実感し始めました。


歩いてばかりもいられないと思った僕は走り始めました。


その速度は極端に遅くなっていました。


先ほどまでの勢いはどこにいったのだろうかと思う程、失速しておりました。


杖を付いて歩くおばぁちゃんばりになってました。


なるべく、人の後ろを走って風をよけて走るようになりました。


ついには、レディの後ろを走るようになりました。


それは、お尻を見て走るとかそんなものではなく、とにかく風をよけて、とにかく楽に走りたかったのです。


それからというもの、僕は紳士の欠片もなくなりだしました。


ついに僕のボロが出始めました。


追い越して行く人を心の中で、


『俺が本気出したらお前なんてイチコロなんだぞ!』


止まってストレッチをしている人を見ると、


『お前俺より絶対きつくないだろ!?そんなことしてギャルに話しかけられようとしてんだろ!?』


苦しそうに走っている人を見ると、


『演技はギャルの前だけですればいいんだよ!俺の前でするな!』


どんどん被害妄想に走り出してきた僕は、他人にあたりだしました。


35キロを過ぎて一時すると、菜の花マラソン最期の急な坂道が現れました。


『俺は逆境に強いんだぜ、死神さまよ!』


と死神に話しかけ、坂道を走り抜けようとしますが、30メートルくらい走ると歩き出しました。


この辺になると僕は末期症状が出始めました。



『なんでこんなコースにしてんだよ!』


『もう二度と走るかよ!』


『これが俺の本気と思ってんじゃねーぞ!』



身体がボロボロになりながら、それ以上に心はもっとボロボロになっていきました。


その坂道を登りきったのが38キロくらいになり、残りの距離が5キロを切ると沿道の声援もどんどん増えてきました。


それとは反対に僕の余裕はどんどん減っていきました。


声援に対してお礼を言えなくなり、イケメン米軍パイロットのスマイルなんてできる訳もなく、とにかく下を向いて走りながら心の中で



『声援なんていらねぇんだよ!』


『あと少し!だぁ?!?!貴様が走ってみろよ!!!』


『世の中で今一番苦しいのは間違いなく、俺なんだよ!』



と被害妄想だけが成長していきました。


心から応援して頂いてる沿道の方々、申し訳ございませんでした。


最期走っているとき僕はこんな気持ちでした。


ZARDの「負けないで」を唄っている方々もいらっしゃいました。


そんな唄を聞きながら、僕は


『どうせ俺は負け組だよ!』


と被害妄想を拡大しておりました。


その頃には足を前に運ぶ事が出来なくなり、足のストレッチをしたりしました。


ストレッチをする時は、わざとギャルに話し掛けられるように大袈裟に顔をゆがめながらゆっくりと屈伸をしました。


しかし、話し掛けられる事は全くありませんでした。


最期の紳士の欠片をギャルの為にとっておいた僕でしたが、40キロ地点間違えて使ってしまいました。


足を引きずって歩いている「男性」に


『まじきついっすね、最後まで頑張りましょうね。』


と話し掛けてしまいました。


なぜそこで最後の紳士の欠片を使い切ってしまったのか今でもよくわかりません。


残りの2キロはここでは書けない程の悪態をそこら中の人や物に心の中で当たり散らしていました。


歩いては走ってを繰り返し、何とか体育館が見えてきました。


ゴールするには、ほんの少しだけ回り道をしなければなりませんでしたので、当然僕は


『この分42,195キロじゃなくて、42、300キロになっただろ!』


とどうでもいい悪態をつきながら走りました。



グランドが見え、ゴールがついに目の前になったときにそれはやってきました。


『ヒカルさ〜ん!』


自分の呼び声にだけは過敏に反応する僕は、条件反射的にその声がする方をみると、そこには妻と子どもがいました。


笑顔で手を振っていました。


僕はそのとき、心から



『一々俺に話し掛けるな!』


と思ってしまいました。


僕には内緒で応援にきてくれた家族に対しても、駄目人間全開でした。


そして、テープが無い事にも腹をたてながらついにゴールをしました。


その後、笑顔で


『お疲れ様でした〜!』


『ご苦労様でした〜!』


と次々に会場スタッフが声をかけてきました。


タオルをもらったりしながら、心の中で


『どうせ俺は負け組なんだよ!』


と、完全に被害妄想だけの人間になっていた僕は、一応完走証をもらいましたが内容を見る事もなく足を引きずりながら荷物を置いている体育館へと歩き始めました。





一応証拠の品です。





今回の写真はこれだけです。


写真を撮る余裕はみじんもありませんでした。


20キロから30キロは自分に酔っていたため写真どころではありませんでしたし、30キロ過ぎからゴールまではどうしよもない状態でした。



申し訳ない限りです。





この菜の花マラソンのブログも次で終わります。


あまりにも長くなり過ぎました。


文章をまとめる能力がない僕にはこれが限界でした。


フルマラソンの後日談を次のブログで書きますので、気が向いた時にでも見てください。


長々とありがとうございました。


  

Posted by ぼくの手 at 23:11マラソン系

2013年01月27日

菜の花マラソン 〜スタートからゴールまで(前半)〜

激しい花火とともに菜の花マラソンがスタートしました。


何と言っても花火の量が半端じゃないです。


どこであがってるのか確認できませんでしたが、とにかく5分くらいは鳴り響いていたのではないでしょうか。


ストレッチもできなかったし、心の準備もできていない状態からのスタートでした。


空はどす黒くなり、雨がさんさんと降っていました。


これも全てわけのわからないテープに並んでしまった自分が招いたことなのでどうしようもない気持ちでいっぱいになりました。





そんなスタート時の様子です。






この写真でわかるようにスタートの合図がなっても、全く前に進みませんでした。


5分くらい待っても進まなかったので、歩道を走る事にしました。


1キロくらい走ると太鼓の音が聞こえてきたので、写真を撮る事にしました。




こんな写真を撮る余裕があるのも今だけというのに、その時の僕ときたら・・・






1キロを7分前後で走ろうと思っていたのに、最初の1キロは16分かかりました。


それくらい混み混みでした。


いくら走っても前には人がいっぱい走ってました。




これが大体5キロ地点での様子です。





この時点で僕は真ん中くらいだと思います。


1キロあたり7分30秒もかかっていたので、かなりゆっくりのペースだったと思います。


前に進みたくても人がいて無理な状況でした。


道路が狭すぎだと思います。


所々に菜の花が咲いており、綺麗だし匂いがそこら中にして気持ちが良かったです。


『まーゆっくりでも今日は楽しもう!』


と思って走っていたので、かなり余裕でした。


坂が最初からありましたが、城山で鍛えた僕には全く余裕でした。


沿道からからは地元の方や、走者の応援の方がいっぱいいらっしゃいました。


『頑張れ〜〜!!』


旗を振ったり、タンバリン叩いたり、ドラム缶を叩いていたり、一斗缶を叩いていたり、バンドの生演奏だったり色々な方法で応援していました。


それを見る度、イケメン米軍パイロットの笑顔をしていました。


有名マラソンランナーが招待されて、ゆっくり市民ランナーと一緒に走っている映像をたまに観ると思いますが、僕の気持ち的にはそんな感じでした。


そして、僕の目はひたすらギャルを捉える事だけに使われていました。


整骨院の小さいホワイトボードに書きましたが、今回の菜の花マラソンの目標は


『ギャル10人に話しかける!』


でしたので、その目標を達成させることに集中していました。


10キロくらいの時点ではまだ僕もみんなも元気なためそんな雰囲気ではありませんでした。


僕の狙いでは、20キロからみんな疲れて歩き出したり、負傷して困っている所に紳士を装って


『Can I help you?』


と行く予定でした。


大体10キロを越えた頃に池田湖が見えてきました。


普通に雨も降っていましたが、まだスマホを出して写真を撮ることは出来ました。





恐竜が湖の底に住んでいると言われている世界に誇る池田湖と雨雲とランナー達。





15キロを過ぎて菜の花と池田湖と開聞岳がコラボしている写真を撮るにはベストスポットがありました。


僕が写真を撮ると僕につられて写真をみんなが撮りだしました。


『よし!ここでギャルが僕の隣で写真を撮るはずだ!』


とワクワクして待機していましたが、来たのは30代のお兄さんでした。


心の狭い僕は不愉快になりながらも、紳士の嗜みとして


『綺麗ですね。』


と声をかけて颯爽と走り去りました。





もし晴れていたらきっとギャルと一緒に肩を組んで撮ったであろう写真です。






20キロに到達した時点で意図的にちょっと歩きました。


まだまだ元気なのですが、後半に力を残しておこうと思ってました。


さすがにその頃にはランナーは走りやすい間隔になってました。


1キロくらい歩いてまた走り出しました。


最初からずっと道端からの応援が続いていました。


車のトランクにスピーカーを付けて大音量で長渕剛の曲を流しながら応援をいただいたり、


『頑張らんか〜!おら〜!まだまだやっど〜〜〜〜!!!』


と叫んでいるおば様もいたり、声援をあびる度紳士的にお礼をしながら走っていました。


そして、これもまたボランティアの方々が用意していた食べ物もあったりしました。


バナナや飴、氷砂糖、サツマイモ、黒砂糖、水、ポカリ的な補給水等色々ありました。


これらを全て頂きながら走っていた僕ですが、1つだけ食べれないものがありました。


それは、黒砂糖です。


雨に濡れてグチョグチョの状態で、これは一体何なのだろうかと確認をしなければならない程の代物になってました。


補給所で色々頂く度に、紳士的にイケメン米軍パイロットの笑顔を振りまきながらお礼を言いました。




20キロを越して歩いて走り出したのですが、僕は何だか元気に満ちあふれてきて、


『これってもしかして余裕じゃねぇ?』


と思い始めました。


いわゆる、ランナーズハイに突入しました。




申し訳ありませんが、後半はまたこの次のブログに書きます!


引き延ばし過ぎとは思いますが、後半からが面白くなりますのでどうかお許しください!


  

Posted by ぼくの手 at 21:14マラソン系

2013年01月21日

菜の花マラソン 〜番外編〜

ここで、前のブログで書き忘れた事を書いておきます。


電車に乗り、間違えた座席に座った僕でしたが、そこにもエピソードがありました。


電車が出発し本を読んでいた僕の横の通路では女性3人組がお話をしていました。


なんの話というわけではありません。


女性特有のただのおしゃべりです。


それがまたうるさくて仕方がありませんでした。


何と言っても、僕が本に疲れて寝るときもしゃべってましたし、所々で起きてもずっとしゃべってました。


ついには指宿駅に着いてもしゃべってました。


走り出す前から、口の準備運動は抜群でした。


口に万歩計を付けてたらとっくにフルマラソン分を走っていたと思います。


女性ってなんでこんなにお話が好きなんでしょうね。


  

Posted by ぼくの手 at 23:08マラソン系

2013年01月20日

菜の花マラソン 〜前日からスタートまで〜

突然ですがここで質問です。


仕事が遅めに終わり、菜の花マラソン前日の夕方に僕がとった行動はなんでしょうか???


①フルマラソンに興奮して、20キロ走り始めた。

②フルマラソンに興奮して、滝に打たれに行った。

③フルマラソンに興奮して、ミッションインポッシブル4を借りに行った。




確実に意気込みすぎていた僕はハイな状態でした。


そんな自分に追い込みをかけるかのように、僕はツタヤに行きました。


家で僕の大好きなシリーズ最新作のミッションインポッシブルを見てより一層興奮しました。


その勢いで歯を磨き、普段しない糸楊枝で歯を掃除していたら


『カラン』


と歯の詰め物がとれました。


歯の間のゴミがとれるどころか、とんでもないものがとれてしまいました。


少し困った僕は、とれた詰め物を鏡を見ながら歯に戻すと見事に


『カチ!』


と戻ったので安心しました。


気分はスパイと歯医者さんになっている僕は布団に入ったのが10時でした。


そのまま寝ようと思っても寝れるわけはなく、妄想の中で銃撃戦をしていました。


結局その妄想は12時近くまでしました。


朝は3時に目を覚まさなければなりませんでした。


色んな方のブログを見た所によると、電車はとても混むとのことでしたので、始発の4時45分くらいの電車に乗ることにしました。


そんな僕は緊張から1時に目を覚ましてしまい、そこから全く眠れなくなりました。


結局3時まで眠れなかった僕はそのまま起きて、4時前に家を出て、鹿児島中央駅に4時過ぎに着きました。


切符も全然並んでいなかったので、余裕で買えました。


往復で2000円しないくらいです。


ホームに行くと、電車のそれぞれの乗り口の待っているところに5人前後並んでいただけでした。


ちょっと早かったかな〜、と思いながら適当な列に並び、本を読み出しました。


並んでから10分から15分くらいして、周りが少しザワザワしていたので、見てみると結構人が並んでいました。


調度いい時に並んだと思いました。


僕の前の人がかなり意気込んでいて、もう準備運動を一生懸命していました。


さすがに早すぎだろと思いましたが、そこはもちろん何もいいませんでしたが、チョコチョコ動くので鬱陶しかったです。


電車が来て、ドアが開くとみんな一斉に席を確保していました。


2人席と4人席とあり、余裕で2人席の奥に座れたのに、なぜか前の人を追いかけて4人席の通路側に座ってしまいました。


『しまった!!!』


と思った時にすでに遅く、周りは人で溢れかえっていました。


仕方なく準備運動を一生懸命していた人の横に座る事になった僕は、また本を読み始めました。


当然その人は準備運動をまたするんだろうなと思っていたら、満員電車に圧倒されたのかなぜか、シューンとなっていました。


『おい、さっきの意気込みはどうしたんだ!?!?』


と話しかけたかったですが、やはりそこもスルーです。


本を読んでいた僕が一時して周りをみると、結構な人混みでした。


東京の満員電車程ではないですが、身動きが中々とれない程の満員具合でした。


なんだか眠くなってきた僕は寝る事にしました。


しかし、途中で何回も起きました。


なぜかといいますと、人が多すぎて酸素がかなり不足していました。


『換気機能がない電車だったのか?』


と思うくらい苦しかったです。


あれは僕だけだったのでしょうか?


そんなこんなで、指宿駅に着きそこからシャトルバスで会場まで行ける事になってました。


片道200円でした。


15分くらいで会場に着き、人の流れに沿って歩いていると、メイン会場だろうと思われる体育館に着きました。


どうやらその体育館で自分の場所を確保し荷物を置かなければならないようでした。





会場入り口からのショットです。






こんな写真を撮って、余裕でいた僕は様々な不安がある中、最大の不安がありました。


右の足首とふくらはぎが痛かったのです。


どうやら体育館の外の1つのスペースに


『無料テーピングやってます』


みたいなのがあるとの放送でしたので、そこに行き並びました。


そこに並んだのが7時でした。


午後から降ると言う天気予報とは裏腹に、雨が降ってきました。


30分で帰れると思っていたのですが、なんと1時間も並んでしまいました。


着ていたダウンはずぶ濡れになりました。


しかも残念なことに普通のテーピングではなく、よくわからないテープを貼るというもので、僕が


『足首とふくらはぎが痛いのでお願いします。あ、そう言えばあと腰も少し不安です。』


と言うと


『これは腰が悪くなって足首にきてます。』


と言われ、


『いや、けど足首の方が痛いんですけど。』


と言うと、


『最初に腰を痛めて、足首にきて、また腰に返ったのです。』


と言われました。


なんだかよくわからなかったので、取り合えずそれに従いました。


すると、何やら特殊なテープを全身に貼り出しました。


腰やら膝裏やらなぜか首に貼られました。


何をしているのだろうかと思いながら、それが貼り終わると


『全身を整えるテープを貼りましたので、身体も軽く走れますよ。』


と言われました。


待て待て、僕は身体が軽くなりたいんじゃなくて、足首とふくらはぎにの痛みをとってほしいんだよ!


と言いたかったですが、何やら高圧的な雰囲気を感じてその場はお礼だけ言って出ました。


試しに軽く走ってみると、見事に痛みがとれてませんでした。


1時間も並んだのに、と思いながら無料なんだから仕方ないと自分に言い聞かせました。


その頃にはメインの競技場では合同体操やらインタビューやらが始まっていました。


会場もどんどんマラソンにむけて盛り上がってきていました。


僕は焦って自分が荷物を置いたところに行くと、体育館の中は人でごった返していました。




2階席から撮った写真です。





1階ではゼッケンの受け渡しをしていました。






おむすびを妻に用意してもらっていたのですが、時間がなさ過ぎて、1個しか食べれませんでした。


そして焦って着替えて、ゼッケンを服に付け、準備は整いました。


貴重品はどこかに預けれるということでしたが、最低限のお金しか持ってきていなかったので、不安ではありましたが荷物をそこに置いて体育館をでました。


外はバッチリ雨が降っていました。


妻の手作りのゴミ袋で作ってもらった雨よけをバッグに入れ、整骨院で使っていたポンチョを着て外に出ていました。


申し訳ないと思いながらも、結局はそのポンチョで良かったでした。


人が集まっているところへ歩いて行くとどうやらそこが出発地点でした。


朝一で会場入りしたのに、完全にテープ待ちで出遅れてしまった僕はかなり後方からのスタートとなってしまいました。


今回はちゃんと充電したGPS付き時計を見ると、もうすぐで九時でした。


空にはヘリコプターが数台周回していました。


気分が盛り上がってきて、ついにスタートの時がやってきました。




申し訳ないですが、この続きは今度のブログでします。


ついこの前の事なので、詳しい描写を覚えているためついつい長くなってしまいます。


今度からが本番です!


なるべく早くアップしますので、後少しお待ち下さい!!!


  

Posted by ぼくの手 at 23:11マラソン系

2013年01月16日

菜の花マラソン 〜挑戦するまで〜

整骨院に通われている方はご存知と思いますが、今年の菜の花マラソンに出場しました。


完全に初心者でしたが、少しの鍛錬を繰り返しました。


そもそも、なぜ出場したかと言いますと、


『やせたかった』


それだけです。


このブログでも散々ダイエット日記を書いてきましたが、全て失敗に終わっておりました。


水泳に通ったり、朝食大量摂取ダイエット、夜の炭水化物抜きダイエット、トマトジュースダイエット、ランニングダイエット等々今思い出しただけ書きましたが全て失敗に終わりました。


いい加減僕は気付きました。


結局痩せるには、日常生活の中で運動をするか、食事の摂取量を減らすしかないのです。


まず、僕が改善すべき事は毎日飲んでいたアルコールをやめることでした。


ビール500mlを1缶(約270キロカロリー)と焼酎(1杯約250キロカロリー)を3杯程飲んでいました。


なんと、これだけで1000キロカロリーを越えてしまうではないですか!!


そりゃ痩せないですよね。


それに夜ご飯も食べますが、夜はそんなに食べませんので約300キロカロリーです。


合わせて1300キロカロリーですよ!!


『焼酎は蒸留酒だから、太らない!』


と言われている方が時たまいらっしゃいますが、それは嘘ですので皆さん騙されないようにしてください。


アルコールは度数が高ければ高い程カロリーも高くなっていきますので気をつけてください。


鹿児島の人たちが特に大好きな芋焼酎は焼酎の中でも一番カロリーが高いです。


そして、水割りを5:5で少し大きめのグラスのグラスを使って作ると、その一杯だけで ”300キロカロリー” もありますので気を付けてください。


とにかく、僕はまずアルコールの摂取方法を改善しました。


アルコールを完全にやめるとストレスになり、逆に食べて太りそうだと思った僕は週に2日程はアルコールを摂取する事を自分に許可しました。


すると、なんという事でしょう!


1ヶ月で1キロずつではありますが、確実に痩せました。


運動を何もせず、食事制限も全くせずにそれを3ヶ月続けたら見事に3キロ痩せました。


理論上ではわかってはいましたが、アルコールがこんなにも体重に関係してくるとは改めて実感致しました。


しかし、3キロからが減らなくなりました。


どうやら、僕のアルコール分の減量はそれが限界だったようです。


その時点で74キロいかないくらいでした。


僕はどうしても70キロを切りたかったのです。


なぜかといいますと、今年の夏の為です。


去年の夏海に行ったとブログで書いてましたが、僕の肉体をみせる事をしなかったと思います。


酷く醜い姿だったのです。


なので今年の夏は身体をしぼって筋肉をつけて、海でギャルに声を掛けられようと思っています。


ギャルの生態も去年の失敗から学びましたし、あとは身体造りをしていれば完璧となります。


それが今の僕の最大のモチベーションとなっているため、もう止まる事を知らない暴走機関車となっております。


とにかく、それが今の目標となっているため、あと4キロ落とさなければならなかったのです。


そこで、走るしかないと思いました。


なぜ走る事を選んだかと言いますと、走る事が極端に嫌いだからです。


運動神経が人並み以上に優れている僕がもし何らかの競技を1つだけ小さい頃からやっていたら、間違いなくその道のプロになっていたと思える程良いです。


そんな僕が嫌いな運動がマラソンでした。


あえて僕はそこに挑戦しようと思いました。


『嫌いな事に挑み、克服する自分ってカッコいい!』


と思い込みの激しい僕は勘違いボーイです。


そして、走るからには強制的な目標を作る必要がありました。


12月9日に伊集院で10キロのジョギング大会に参加するつもりでいました。


しかし、前日に忘年会が入った瞬間にすぐに諦めました。


その次がいきなり指宿菜の花フルマラソンでした。


それに向けて10月から練習するつもりでしたが、始めたのが11月からでした。


その時点であと2ヶ月でした。


『そんだけあれば十分でしょ』


と軽い気持ちでいた僕は適当に練習を開始しました。


患者さんにマラソンをされる方がいらっしゃって、その方にかなり色々と教えて頂きました。


その方の影響もあり、走り始めたという事も多大にあります。


『菜の花マラソンはとにかく、アップダウンが激しいから城山を登って降りるくらいしていた方がいい』


この言葉を信じて整骨院から走ったら全部で5キロから6キロくらいでした。


鹿児島の方はご存知かもしれませんが、城山って結構なアップダウンなんですよ。


最初走って挑戦したら、登っている途中で息が完全に切れて歩いていました。


なんとも醜い顔をして、「ゼーハーゼーハー」言いながら走っていたのでとても気持ち悪かったと思います。


降っているときも、膝に悪いからと言い訳を付けて歩いていました。


平坦な道になっても、寄り道をしては歩いていました。


全く練習になってなかったと思います。


城山越えを週に4回やろうと思ってましたが、結局週に2回しかしませんでした。


たまに3回してました。


たまに1回になったりしました。



今思い出しましたが、城山の遊歩道を走って登っていた僕が一度城山越えをやめようかと思う出来事がありました。


遊歩道に行く前にお堀があるのですが、そこに半端じゃないカエルがいたのです。


そしてそのカエル達が遊歩道にも溢れかえっていました。


あまりにも気持ち悪くてついつい小石を一匹のカエルに投げたら頭に当たって


『コツ!』


と、とてもいい音がして下を向いたので、なんだか悪い事をしたと反省しました。


それはいいとして、地面を注意しながら走っていたら一匹のカエルが死んでいて、それを見た僕は情けない声で


『ふわぁぁぁぁ!!!』


と叫びました。


周りに誰も居なかったからよかったものの、もし居たらとんでもなく恥ずかしい声で叫んでしまいました。


そして、誰も居ないのに


『だってカエルが死んでたんだも〜ん。』


と独り言をいいました。


僕はやっぱり情けない人間です。


それからカエルが怖いという事を理由に1週間走りませんでした。


そろそろ走らないとやばいなと思い、恐る恐る遊歩道に行くとなぜか一匹もいませんでした。


安心してランニングを再開しました。


そんなこんなで、1月を迎え5日の土曜日に20キロ走ろうと思い、整骨院のカレンダーに書きました。


すると皆さん結構それを見てて、


『走ったんですか???』


と多くの方から聞かれました。


ま、余裕で走ってないんですけどね。


本番に疲れが残るということを言い訳にやめました。


こうやって文章にしてみると、本当にさぼってばっかりですね。


一番長い距離走ったのは、元旦の12キロくらいだけでした。


GPS付きのランニング時計を買った僕は、意気揚々と元旦にそれを付けて走り始めると、1キロくらいで電池が切れて距離も測れませんでした。


なので、その12キロというのも憶測です。



そんなこんなで1月に入り、久しぶりに11月に走り始めのコースを走ってみたら、なんと息が切れず最初から最期まで走りきれました!


11月のタイムは40分位でした。


しかし、どんどんタイムが縮まり、12月には33分位でした。


そして、1月に入るとついに30分を切る事に成功しました。


どうやら人間は成長するようです。


あれだけ走る事が嫌いだった僕が成長しました。



そんなこんなで、菜の花マラソンの本番に突入する事になりました。


菜の花マラソンのことは次回のブログに書きます。


序章であまりにも長くなり過ぎました。


特に面白い訳でもありませんが、淡々と僕の気持ちを入れながら前日からのことを書いていきますので適当に楽しみにしていてください。





結局体重の結果から言いますと、そんな怠慢をしながらの2ヶ月で1キロ痩せました。


なので、今は72,8キロです。


本気ダイエットをしてから4キロ痩せました。





そんな僕が米軍パイロットから得たスマイルを惜しげもなく披露します。





こんな笑顔が出来るのも、32キロまででしたが・・・


  

Posted by ぼくの手 at 23:09マラソン系

2013年01月14日

感謝の気持ちを込めて花束を

今回は初めて患者さんの事を書きます。


ぼくの手が開業してから通い続けていただいてる患者さんの話です。


その方が妊娠したとの報告を受けたのが7月でした。


2人目でした。


妊娠初期は状態が悪く、悪阻(つわり)がとにかく酷かったようでした。


4月頃に整骨院に来てから、7月までこれませんでした。


実家に帰って安静にしたりしていたようでした。


ある程度悪阻も落ち着き、安定期に入った頃に再来院した時はなんだかゲッソリしていました。


お腹も少し前に出ているような感じでしたが、あまり目立っていませんでした。


1人目のお子さんも一緒に来ていましたが、お腹の赤ちゃんに嫉妬していました。


お腹を叩いたり、ママに抱っこを要求したり、甘えたりとにかくママにかまってほしくて仕方なさそうでした。


ケンタ君と遊ぶ事もせず、施術しているママから離れようとしませんでした。


ママは最初、腰が痛いとのことでした。


妊婦さんは身体の構造上どうしても腰が痛くなるのです。


僕の妻の妊娠の時も腰が痛かったようでした。


自分で言うのもなんですが、そんな痛みを止める事ができます。


ここで正直に書いておきますが、これは全員が全員ではありませんでした。


妊娠9ヶ月の方が腰が痛いと初めて来院された時は、残念ながら痛みを止める事ができませんでした。



完全に僕の力量不足でありますが、言い訳を言わせて頂きますと、あまりにも突然すぎたということです。


妊娠する前から通っていただくのがベストで、遅くても6ヶ月までには通っていただきたかったです。


9ヶ月ともなると、全身の関節が緩まり、簡単には調整することが難しくなります。


その為にも、妊娠初期から中期の間から通うことで、身体の調整がとてもしやすくなります。


これ以上の言い訳は薩摩のサムライとして情けないのでやめますね、失礼しました。


『議を言うな!』


どこからか聞こえてきそうです。


様々な痛みに対して当然ですが、僕は一生懸命に施術をしました。



1人目を産む時は足のむくみがとにかく酷くて、悩んでいたそうです。


しかし、今回の場合僕の治療をしていたということもあり、むくみがかなり少なかったようです。


腰の骨と骨盤を、赤ちゃんに負担がないよう心がけながら調整しました。


とにかく、出産を無事にそして楽に迎える事が出来るように施術しました。


妊婦さんの時期によって施術内容も変えていくのですが、それは患者さんにはわからない程度ではありますが、1つ1つわかりやすいように説明しながら施術を繰り返しました。


出産予定日より早めに産まれそうな気配がありましたが、中々産まれませんでした。


出産の夢を色々見て、眠れない日々が続いたようでした。


しかし、先週やっとで産まれました。


それを人づてで聞いた僕は、次の日に病院に行きました。


妻にそのことを相談しましたら、


『出産後は化粧もしてないし、色々大変だから部屋には行かない方が良い。』


と言われましたので、花束を持って病院に行きました。


もちろん、直接会うのではなく、ナースステーションに預けて帰りました。




花束を持って歩くというのは恥ずかしいものです。





そんな紳士的なことをした僕ですが、実はその花束を渡す前にもう1つ紳士的なことをしました。


その病院まで走って行ったのですが、その途中で足を軽く引きづりながら歩いている女性がいました。


世界紳士協会第5条16項に


『紳士たる者、困っている女性を放ってはいけない。』


とあります。


その協会の掟を守るべく僕は、紳士的に


『大丈夫ですか?』


と手を差し伸べながら声をかけました。


すると、女性は大丈夫じゃなさそうな顔を笑顔にしながら


『大丈夫です。』


と言い返してきました。


それ以上は余計なお世話になるといけませんので、


『気を付けてくださいね。』


と一声掛けてその場を走って去りました。


もし僕が女性ならとても嬉しいと思います。


今のうちにレディファーストを身につけておかなければ、欧米に支店を持った時に困るので今のうちから己を鍛えております。



そんな話はどうでもいいのです。


とにかく、新しい命がこの世に生まれました。


大変喜ばしいことではないですか!


その赤ちゃんとはいつか逢える日が来ると思います。


今から楽しみです。


その時に僕はその子に伝えたい言葉があります。


それは本心で、純粋な気持ちで、真っすぐな目で伝えたいです。



『こんにちわ。』



その言葉に僕の色んな気持ちを込めようと思います。


  

Posted by ぼくの手 at 23:10整骨院系

2013年01月11日

新たな決意

新年をむかえ2013年もスタートしました。


昨年の4月からお手伝いをさせてもらって9ヶ月がたちます。


少しずつではありますが、みなさまに顔を覚えてもらうようになりました。


この9ヶ月の間にどのくらい成長できたかわかりませんが、少しは成長したと思います(笑)


昨年は相撲の審判デビューをしたり新しいこともチャレンジできました。


今年はもっといろんなことにチャレンジしたいのですが、その前にお正月で大きくなった体を筋肉の鎧に変身させないといけません(笑)


でもその意欲に対する敵が『寒さ』です。


体がでかいわりに寒さに弱い自分がいます(笑)


なので今年最初の目標は『寒さに打ち勝ってトレーニング』をすることにします。


それに平行して学校の進級がかかるテストにむけて勉強をがんばることです。(勉強のほうが大事な気がする(笑)


こんな感じで大変な1年になりそうですが、みなさま今年もよろしくお願い致します。


正月太り ハラグチ  

Posted by ぼくの手 at 10:37ケンタ系

2013年01月03日

薩摩のサムライ 滝に打たれる

皆様、明けましておめでとうございます。


今年もよろしくお願い致します。


今年は5月で3年目を迎えます。


何事もとりあえずは3年やってみないとわからないと言われています。


確かにその通りだと思います。


あと、3の倍数がなぜかターニングポイントになったりします。


不思議な数字ですよね。


小学、中学、高校、大学(大学院を合わせて)全て3の倍数です。


よく患者さんに


『何歳ですか???』


と聞かれます。


どうやら若々しく見えるらしく、まだ25歳前後と思われたりしています。


髪の毛を染め過ぎて尚更若く見えてしまいます。


髪の色を落ち着かせたいと思います。




そんなことはどうでもいいと思います。


今回のブログを見られている方々が興味あるのは


『滝行』


ですよね。


そうなんです。


有言実行で、今年もバッチリ滝に打たれてきました。


去年一番最初に挑もうとしたけど、確実に死ぬだろうと思われる滝に今年は挑みました。


今回も本当に危なかったです。


1人だともし何かしらの事故が起こったときにわからないので、今回はバディを組みました。


取り合えずの説明をするにあたり、口で言っても中々わからないと思いますので図を書きました。




それぞれが危ない状況です。





この状況になるまで40分の時間を要しました。


順を追って説明します。


まず、撮影係のいる位置からロープを降ろし、下に降りようとしました。


しかし、間違いなく途中で握力の限界がきて手を離し、岩場に落下するのが鮮明にわかりました。


なので上流へ向かい、どこか降りられそうな場所がないかズンズン進みました。


足場は滑るし、一歩滑ってしまえば岩場に叩き付けられただ事ではすまない状況でした。


何とか降りても、その後滝にたどり着くまで泳がなければならず、その道は断念しました。


一度引き返し、下流をのぞくと何だか行けそうな崖でした。


車に帰り、ロープを持って、撮影係の妻にスタンバイをお願いしました。


紹介が遅れましたが、もう1人のバディは高校の頃からの友人です。


その友人と下流へ向かい、崖を下り始めました。


途中水が普通に流れたりしていて、そこにコケや藻が発生していて、そこで一回僕は足を取られ危うく7メートル程落下するところでした。


そこは危機管理能力が発達している僕はバッチリ対処しました。


そこからもう少し下ると、もう3メートル程で川にたどり着く位置まできました。


しかし、どうしてもいけませんでした。


そこでロープを木に縛り付け、ロープで下る事にしました。


かなり慎重に下りましたら、何とか行けました。


その辺からリポビタンのCMのような感じで2人は息を合わせて助け合っていました。


見事川の小さな中州にたどり着いた我々は滝まで15メートルの位置まできました。


しかし、そこからはどうしても泳いで行くしか方法がなく、そこでパンツ一枚になりました。


水に足を浸けると、10秒もしないうちに足の感覚がなくなりました。


『この水の冷たさは無理じゃない???』


と話し合いました。


その結果、僕が暴走しだしました。


滝を目の前に興奮が込み上げてきた僕は、気合いを入れなおし、川を泳ぎました。


それはそれは本当にシャレにならない冷たさでしたが、必死に泳ぐと意外と平気でした。


そんな僕を見た友人は唖然として、引くに引けない状況に追い込まれ、泳いでついてきました。





野生の猿が狂っているかのように泳いでいます。





死地へ赴く戦士。






ちょっとわかりにくいと思いますが、よく見てください。


『ふおぉおおおおおお!!!!!!!』


と叫びながら泳いでいるのがわかっていただけると思います。


さて、あと滝まで5メートルの位置まで近づきました。


え???滝に着くのはまだかって???


あと少しですので少々お待ちください。


如何せん、その滝に着くまで本当に過酷なんです。


滝の崖にたどり着くには、また川の水に浸かり、ちょっとした崖を登らなくてはならないんです。


僕が先に登り、友人をまたリポビタンのCMのように手と手を取り合い、


『ファイトー!いっぱ〜〜〜つ!!!!!』


と叫び、ついに滝の真横にたどり着きました。


そこで、早速僕は滝に打たれに行きました。




雲竜型で滝に打たれているのが僕です。






前回ほどではありませんが、それなりに水の勢いはありました。


しかし、何よりも冷たさが上をいくため、そちらに集中がいきました。


友人と交代し、滝行を共有しました。





滝に打たれ、余裕がでた我々が滝の横でくつろぎ始めた写真です。





どう見ても合成に見えますが、本物ですからね。


そして、もう一度滝に打たれ、今年の豊富を祈り、世界平和を祈りその場を離れようとしました。


すると、身体が動かなくなり、その場を中々離れる事ができませんでした。


このまま身体が固まり、滝壺に落ちるのかなと死を予感しましたが、そこは何とか気合いで乗り切りました。



2人はその場に居続ける事が死を意味する事を本能的にわかり始め、帰還する事を選択しました。




そんな凍てつく2人の様子。






また死ぬ思いで川を泳ぎ、中州にたどり着きました。


すぐにバスタオルで身体を拭きました。


皆さんは経験がないと思いますが、あまりにも冷たい水に入って身体を拭くと痛いんです。


バスタオルに小さな針があるんじゃないかって言う位チクチクしました。


2人でそんな話をしながら、笑えない状況が続きます。


その後、同じルートを使って帰る事は絶対に不可能であると判断した我々はもう少し下流に行けば、登れそうな場所があることを確認しました。


そこにいくまで、足だけまた川に浸けなければならず、死闘は続きました。


その時点で2人はお互いを思いやる余裕はなく、自分だけがいち早く帰還する事を望んでいました。


足を濡らさずにいけると思った僕は靴を履いて、石の上を器用に移動しましたが、中州から2メートルの時点で片足入りました。


それから10メートル程移動して、もう片足も川に入り、さらにやる気をなくしました。


2人はなんとか比較的登りやすそうな崖にたどり着き、そこからは一気に登り、地上へたどり着きました。


車に着き、エンジンを始動して暖房を最強にしました。


しかし、僕にはまだやることがありました。


ロープの回収にいかなければなりませんでした。


そこまではなんとか1人でいけると思い、1人でいきました。


友人が気を使って


『危なくなったら呼んでね。』


と言ってくれました。


ロープ回収を無事に終え、車に帰ると暖房に手を掲げる友人がいました。


『僕を助ける気なんて全然ないだろ!!』


と言いそうになりましたが、気持ちがとにかくわかるので、僕も手の感覚を戻す事に専念しました。




当然この靴はグッショグショです。





ちょっと長くなりましたが、これが今回の報告でした。


楽しんで頂けましたか???


一応動画もあるのですが、整骨院でしか見れませんので、このブログを見た方は整骨院で声をかけてください。


それなりに楽しい動画が撮れてますよ。





それでは、今年もよろしくお願いします!!!!!



  

Posted by ぼくの手 at 22:20修行系